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お兄ちゃんといっしょ。兄妹ver

アリスを失ってから、僕はただ毎日を消耗するだけの毎日だった。

大学を卒業して、就職して、毎日会社に行ってへらへら笑って。

だけどそのどれも僕ではなくて、ただ僕という姿を借りた別人が僕を運営してくれているだけ。

それだけの毎日に何の意味があるのだろうか。

意味を求めるから、生きていると誰かが言っていた。

僕の生きる意味はアリスだったと今更思っても、もう遅い。

アリスの生きる意味は僕だったのに。

毎日、通勤時に見る空と帰る時に見る夕焼けが僕を責め立てるんだ。

いつも、息ができなくなる。アリスはすぐそこにいるような気がしているのに。

「お兄ちゃん、迎えにきて。そばにいてよ、約束したじゃない」

ああ、今日もアリスの声が聞こえる。

僕に死ねと言う、アリスの声が聞こえる。

その日はとても偶然で運命だった。

いつもと違う道を通って帰ったから。

どうしてあんなことをしたのか今でも思い出せない。なんとなく、あの公園に行きたくなっただけだ。

そこにアリスとまるで同じ顔のあの子を見つけるなんて、思いもしなかった。

本当はすぐにでも連れ去りたかった。

だけどアリスによく似たその子はとても悲しそうな顔をして本を読んでいるから、少し観察することにした。

すると、その子はいつも学校にも行かずにこの場所に来て、本を読んでいる。

平日の朝八時に、その子は現れる。いつ、連れ去ろうか。そんなことばかりを考えていた。だけどいつまでも行動に移せないまま、毎日は過ぎる。だけど神様はきちんと僕を見ていたんだ。

ある日、その子は見慣れぬ男に絡まれていた。けれど、どれだけ男が話しかけようとも、その子は無視をし続け、男はその子の本を取り上げて破ってしまった。そんな光景を見ても何の感情もないみたいにただ見ているその子は本当に空っぽに見えた。僕が、救ってあげなくちゃ。

決心がついた。今日、連れて帰ろう。

そこからはスムーズに事は進んだ。その子の名前は黒といって、家族は誰も自分を探さないと言った。

「誘拐にはもってこいの人だよ」

「そんなつもりじゃないんだ」

「なら、どんなつもりなの。わたしとセックスしたいの」

「そうじゃない。一緒に居て欲しい。それだけだ」

「なら、別にわたしじゃなくてもいいのね」

そう言った黒の表情は本当に消えてしまいそうで不安になる。

白い肌に青い血管が浮き出ている。皮膚の薄さが黒の不安定さによく似合っていた。

僕は黒に自分をお兄ちゃんと呼ばせた。黒は何の疑いもなくそう呼んだ僕はアリスと呼びたかったけれど、黒が口癖のように「わたしなんて誰にも必要とされない。よかったね、お兄ちゃん捕まらないよ」と言うから、僕は黒と向き合うことにした。きっかけはアリスだったけれど、それでも、僕は一緒に過ごすうちに黒の不安定で繊細な部分に惹かれていた。

今日は僕の誕生日。黒がご馳走を作って待っている。

いつもの時間、部屋の前。ドアの鍵が開いている。僕は不思議と黒が逃げだしたとは思えなかった。

だからこそ、不穏なこの空気が怖かった。

「お兄ちゃん」

部屋の奥から僕を出迎えてくれた黒は血まみれのエプロンをしている。

僕の為にビーフシチューを作っているから、リビングで待っていてと言った。

言われた通りにリビングで着替えることもなく待っていた。

「はい、お待たせ。お兄ちゃん、お誕生日おめでとう」

「うわぁ、美味しそう。黒、頑張ったね

血まみれのエプロンの意味を僕は見て見ぬふりをした。きっと、何かちょっとこぼしただけだ。そうに違いない。

黒は食べずにじっと僕を見ている。

「美味しい」

「本当?嬉しい。あのね、これ特別なお肉なんだよ」

「高い牛肉使ったの?」

「ううん。お兄ちゃんのお母さんだよ」

え、と間抜けな声が出た。黒は僕の留守中に勝手に合鍵を作っていた母親と出くわし、殺した。

悪気があったわけじゃないと言い、最初は彼女だと伝え、母親も信じたという。その後、母親はアリスの話をして、黒がアリスにとてもよく似ていると言った。それが、黒の何かに触れたらしい。

「お兄ちゃん、わたしが妹に似ているから連れてきたの?だから、お兄ちゃんって呼ばせるの?」

「違う。いや、そうだよ。でも、今は黒のことをちゃんと見てる」

「こんな手紙まで持ってるのに?」

ひらひらと黒が僕に見せてきたのはアリスからの手紙だった。

どこから見つけてきたのか。僕は声が出ない。黒の目は、僕しか見ていない。

アリスはもう、思い出の中に生きている。けれど、もう愛していないかと聞かれたらそうではなかった。

黒のことだって、愛しているのかと聞かれたら、好きだけど愛には一歩足りない気がする。

そんな僕の躊躇が黒に伝わっている気がした。いや、きっと、伝わっている。

「ねぇ、わたしのこと見てる?ちゃんと、見てる?お兄ちゃんは違うと思ってたのに」

「見てるよ。黒のこと見てるよ。これまでも、これからも」

「本当?でも、許してあげない。わたしはお兄ちゃんだけなのに。お兄ちゃんは思い出の中に違う人がいるなんて、許してあげない」

「どうしたらいい?」

声が震えていて、情けない。

黒はエプロンのポケットから眼球を取り出して握りつぶす。多分、母親のものだ。

「殺していい?お兄ちゃんのこと。そうしたら、ずっと一緒。お兄ちゃんは何も考えない。お兄ちゃんの最後の記憶はわたしになる。何も更新されない、わたしで、最後、最後」

ああ、これだ、と思った。

絶対的に僕を欲している黒を見て、僕はどうしてか興奮していた。

アリスのように、僕を欲している。

アリスと違うのは、力技でも僕を奪おうとするところ。

でも、僕としては愛されている気持ちで満たされている。

「お兄ちゃん死んだら、もう抱きしめることもできないし、どんどん腐っていくよ。それでもいい?」

「骨になっても愛してるよ。お兄ちゃんのこと、好きだよ」

「なら、殺していいよ。黒になら、殺されたい」

「大好き、お兄ちゃん。愛してるって言ってよ」

「愛してるよ」

名前を、言おうと思った。だけど、僕はこんな時になってまで、アリスなのか黒なのか迷っていた。

体の芯が熱くなる。痛みよりも嘔吐感の方が強かった。

押し倒されて、馬乗りになった黒は僕を刺していく。

「大好きだよ、お兄ちゃん。一緒に、ひまわりになろうね」

黒に被るようにしてアリスが見えた。

ああ、黒はアリスだったのかもしれない。こうなったのは、アリスの力なのか。

それとも、黒は本当に僕を…。